Serenita

感情の消化。

【高校留学】#4 コンロとマッチと食について

パナマに留学して最初の1ヶ月くらい、餓死するんじゃないかってくらいおなかをぺこぺこにしていることが多かった。私のホストファミリーはホストママと彼女の高齢のいとこ2人。ママさんは普段仕事で家にいることが少ないので、私は多くの時間を彼女のいとこ2人と過ごした。料理をしてくれるのも彼女たちだった。

 

いとこの2人は当時私の祖父母より10年くらい若い世代だったと思う。ただ食が細く、1日2食しか食べない。私は学校が14時に終わるので15時には帰宅していたが、16時頃には彼女たちの「夕食」が始まってしまう。最初は彼女たちと一緒に夕食を食べていたため、22時に寝るまでに絶対お腹が空く毎日だった。とてもストレスフルだった。

 

私はスクールバスが毎朝6時に迎えに来るため、毎朝5時に起き、トーストを2枚、「チン」という音と共に上から飛び出してくるタイプのトースターでこんがり焼き、そこにバターを塗って食べた。パン1切れの大きさは日本よりも小さく、アメリカなんかで売られているものと同じ。だから2〜3枚くらいがちょうど良い。毎日変わらないトースト2枚の生活。例外の日はない。ごくたまにピーナツバターやイチゴジャム、ガーリックマヨネーズなど味変はできたけど、この毎日変わらない朝食は苦痛だった。ちなみにママさんは朝3時に起きて仕事に行ってしまうので、朝会うことはなく、朝ごはんを作ってくれたり、みんなで食べようということもなかった。ママさんには子供がいなかったので、たぶん子育てを知らなかったのだと思う。今まで通り彼女中心の生活を送っていた。しかも私は彼女が受け入れた初めての留学生だった。だから他にも色々、問題はあって。思い出を美化する気はないから正直に言うけど、私はホストファミリーとの関係がすごく良好だったわけではない。でも彼女だって、私だって、歩み寄る努力はした。だから私は今でも彼女のことが好きだし、尊敬しているし、憧れている。

 

学校へ行くと20分休憩が2回あるので、その時にカフェテリアで軽食を食べることができた。ランチを持ってきている友達もいて、ちょっとだけ羨ましかったけど。私はそこでマフィンやピザ、アイスクリームなどを買い、貧困層の友達らとシェアした。カフェテリアは安価だが、1日3〜5$は使っていたと思う。まあ正直、7時に始業して14時に終業というこの時間割、どうにかならないのだろうか、とも思う。昼食の時間があるわけではないので、確実に生活リズムが狂わされる。大半の生徒は帰宅後にしっかり昼食をとっていた。

 

私は帰宅しても昼食はなく、代わりに16時から夕食となる。この生活リズムに慣れず、1ヶ月で10キロ体重が落ちた。貧血で気分が悪いこともあり、ホルモンバランスが乱れた。ホストファミリーと何度も話し合った。食事は1日3食食べたいこと。毎日朝食がトーストなのはしんどいこと。でもママさんは「放課後好きなもの作って良いのよ」と言うだけで改善してくれなかった。

 

じゃあ料理するかって。学校からぺこぺこのお腹で帰宅し、オムレツを作ってみることにした。ほぼ冷蔵庫は空だったけど、高校生になってから料理したっけ?くらいの私がハムを切り、卵を割ってかき混ぜ、よしあとは焼くだけ〜というところまでいった。なのに。

 

パナマの家の多くは都市ガスが通っていない。プロパンガスとコンロ台は接続されているけれどそれだけじゃ火はつかないらしい。火をつけるためにはマッチが登場する。だから料理中は一旦火を消して…とかいうステップは踏めない。だって、一度消したらまたマッチを擦るところからやり直しだから。理科の実験とお盆のお墓参り以外でマッチが登場することはとりあえず日本の16歳JKにはなかったわけで。小さめの火にしたいのにコンロのあの、ツマミ?がポンコツすぎて火を消してしまい、確か3回くらいマッチを擦る羽目になった。食べる頃にはヘトヘトだし真昼間のパナマの気温って、30度を超えている。エアコンもない部屋で、火を消したら負けというルール付きクッキング。

 

まあこの日以来絶対あの国で料理しようなんて思わないよね。ツマミを回して「カチカチカチッ」という音でコンロに火がつくのって、奇跡なんじゃないかって思った。だからそれ以来オレオを大量にストックしておいて、帰宅してからオレオをひたすら食べ続けた。

 

でもそんな様子を見かねたのか、2ヶ月くらいした頃から軽食をいとこの2人が作ってくれるようになって…といってもほぼ毎日スクランブルエッグだったけど、それでなんとか生きていた。帰国したときには15キロくらい体重が増加していたから、とりあえず餓死はしなかった。でもなぜか常に空腹の状態にあった。

 

特に空腹に耐えられなかったのが日曜日。

 

日曜日は朝から教会で祈りを捧げるのだが、朝早く(9時とか)に行くので、朝ごはんはパンをかじるくらい。15時に帰宅し、そこからママさんがご飯を作ってくれる。唯一ママさんの作ったごはんを食べるのが日曜日だった。ママさんは料理が好きで、パスタとかラザーニャとかアップルパイとか、いつもすごく手が込んでいた。どれもすごく美味しかった。でも私はいつも不機嫌だった。だってこれが永遠に時間を要するから。

 

「よし作るぞ〜〜」とママさんは意気込み、当たり前だけどまず野菜を切り始めるところからスタート。なんならはじめに扇風機を2台、キッチンにセットするところからこの「Sundayクッキング」はスタートする。エアコンがないのでとにかく暑くてジメジメしていて、私のイライラ度はジリジリと上がる。

 

野菜を切り終わったらマッチで火をつけた例のコンロで炒める。炒め終わったらシナモンやナツメグなど、何種類ものスパイスをすり下ろして粉末状にし、目分量で投入。

 

よし、完成〜と言いたいところだがラザーニャなんかだと、ソースができた〜!と思ったらそのあとじっくりオーブンで焼く。で、大体いい感じのタイミングでガスがなくなるか、停電するか、オーブンが不調か。冗談じゃない。いい加減にしてくれ。そんな感じのクッキングだから料理の完成はいつも開始2時間後。その頃には私のお腹と背中はくっついていた。

 

もっと最悪な日は、ここから近所の知り合いを呼んでみんなで食事を囲むとき。テキストメッセージで連絡をとり「今行くわ〜」と返事が来ても、中南米人の「今」は1〜2時間の範囲。こうなってくるともう私に笑顔が戻ることはない。

 

もしも日本で朝から空腹状態でお昼をとっくに過ぎた頃にパスタを作るなら、レトルトのパスタソースを買ってきてパスタを茹でるだけにしないだろうか。…いや、もう餓死寸前だし、セブンに駆け込んでレンチンパスタ、いや、私なら唐揚げ棒を買って(笑)お腹を満たしている。

 

味付けだってスパイスを調合をしなくたって、コンソメを入れておけばとりあえずなんでも美味しいし、トマトなんて刻んでる暇あったらトマト缶を買ってくる。シナモンはすりおろすなんてことをしないで粉末状のをもともと買うし、ナツメグなんてよくわからんやつはすでにコンソメか何かに調合されているんじゃないだろうか。

 

パナマにいた時、いつも思っていた。なんでこの国にはそういう便利なものがないんだろう。料理如きに2時間も3時間も時間をかけられる暇があるから発展しないんだって。

 

でも留学から帰ってきて気づいた。料理に何時間もかけられるパナマ人の方が幸せだってことに。

 

たぶんパナマにも、レトルトのパスタソースとまではいかなくとも、トマトの缶詰くらいはあったと思う。でも基本的にあの国の人たちは全部1から作ることを選んでいる。小麦粉とベーキングパウダーからパンを焼くし、アップルパイを作る時に冷凍のパイ生地を買ってくることはしない。パナマの伝統的な鳥肉のスープは、ちゃんと鳥肉を煮込むところから始まる。鶏がらスープの素で完成ではない。ニンニクのチューブも生姜のチューブも、売ってるのか分からないけど、彼らはニンニク、生姜の皮を剥くところから料理がスタートする。パーティーや友達が来るときは、果物からフレッシュジュースを作る。

 

だって、そのほうが絶対美味しいから。調理する過程も含めての「食」を楽しんでいるのだから。

 

16歳の私は生のニンニクを見たことがなかったし、ナツメグというスパイスを知らなかった。「ニンニクの皮を剥いてくれる?」と言われてもどうやって剥くのか分からなかった。「あら、日本にはニンニクはないの?」と言われ、「チューブのやつしか見たことない」なんて言えなかった。ママさんによく「日本料理を作って欲しい」と言われたけど、結局ほとんどなにも作らなかった。

 

日本では便利なものは使うに限るし、「時短料理」は重要なキーワード。16歳の私が知っていたレシピは限られるし、レシピを調べても、コンソメだの鶏がらスープの素だの、味の素だの、パナマには売られてない調味料が必ずと言っていいほど出てくる。でもよく考えてみたら、これらは何かからできてるわけだから、その原材料で代用できるはずだけど、未だにああいうやつに何が入っているのか分からない。自分が体内に取り込むものが見えなくて良いのだろうか?

 

それだけじゃない。仕事や学校で忙しくて食べる時間がなかったり、パソコンを操作しながら食事を済ませたり、私たちは一体日々何に追われて生きているんだろう。

 

帰国してから私は料理を全くしていなかったことを反省し、母への感謝の気持ちも込めて、放課後週に何回か夕食を作るようになった。今ママさんが日本に来てくれたら、和食を食べさせてあげられる。まあ、とはいえチューブのニンニクも生姜もコンソメも鶏がらスープの素も手放せないけど、でもだからあの時みたいに、1から手作りをする幸せをまた味わいたいと思う日々なのだ。

 

マッチで火をつけるコンロと野菜たち。

ママさんのラザーニャ世界で一番好き。

アップルパイのフィリング作り中。

ママさんのパイナップルケーキも最高に好き。

放課後学校から直で友達の家に遊びに行くと必ず食事を出してくれた。1枚目はザパナマ料理で2つ目は名前は忘れてしまったけどコロンビア料理。本当に美味しくて、私のホストファミリーもこんな料理を毎日出して欲しかった。