Serenita

感情の消化。

【世界一周】#1大好きな人たちに会いに行く旅 〜シンガポール→ロンドン〜

2023年2月6日から地球を一周する旅に出た記録。私の性格上短めに書くことは絶対にできないとわかりきっているので、そんな幻はもう最初から諦めよう。最高に濃い幸せに溢れた40日間を一生忘れたくない。

 

今回の記事はほぼ私の日記なので良かったら最後の「旅の経路」まで飛ばして読んでいただければこれからの記事の大枠が掴めると思います。

 

出発

羽田空港からシンガポールへの便は夜の10時55分。出発まで時間があるからか、当日の朝になっても実感が湧かなかった。パンデミックが始まり、イベリア半島周遊旅を途中で中断して帰国せざるを得なくなってから3年。考えてみると5、6歳の頃から毎年外国に行く機会があったので、こんなに長い間行けなかったのは初めて。

 

スーツケースに入らないものを巨大なトートバッグに詰め込み、スーツケースと8kgのトートを抱えて空港まで電車で向かった。1つ前のブログで「荷物が収まった」的な発言をしているが、結局重量オーバーで日本残留になったものも多い。

出発!!!!



シンガポール航空

欧州へはモスクワ経由のロシアの航空会社アエロフロートか、中国系の航空会社を利用すると格安で行けるのだけど、コロナと戦争の影響でその選択肢が消え、欧州はこの3年で私の中ではかなり遠い存在になった。

 

今回はシンガポール航空シンガポールを経由してロンドンまで向かう。シンガポール航空を使うのは2回目。オンラインチェックインをしていたが、結構並んだ。周りを見渡すとシンガポールへ帰る方達はすでに半袖短パン…。シンガポール経由で同じように欧州へ行く(帰る)であろう欧米人も多い。

 

25kg制限のスーツケースは必死の努力の結果、25.9kgで余裕の通過。同じ航空会社で帰りのチケットを予約していないと、帰国する意思がないと思われるのか帰国日などを聞かれた。荷物検査と出国審査を通り、ゲートへ。搭乗開始時間は10時半だったが、折り返しの便が遅延していて11時にようやく搭乗。30分の遅延くらい良いのだけど、この時私は空腹すぎて死にそうだった…。

 

大荷物を詰めたトートを上の棚にあげようとするも、重たすぎて1人じゃとても持ち上がらない。近くのCAさんに声をかけて一緒にあげたが、その時にトートに突っ込んだお菓子類が見事に散乱。ちょうど真下に座っていた欧米系のおじさんの頭にピュレグミが降りかかり、CAが謝るとCAに絡まれたおじさんは超ご機嫌。

 

というどうでも良いくだりがあり、ようやく離陸。ようやくごはん!!!!!!

 

っと思ったのに全然出てこない食事。座っていたのが後ろから数列目だったこともあり、深夜1時半にようやく食事が出てきた時にはすでに限界を超えており、魂が抜けた顔で「チキン」と言った。

 

深夜便だったのになぜか全く寝ることができず、映画も見ずに一人でぼーっとしていた。ハーゲンダッツが出てきたけど、最近バイト中に毎回食べているので感動が薄れてちょっと寂しくなった。

 

子どもの頃乗り物酔いがひどく、CAさんによく助けてもらった。でも人生で1度もCAになりたいと思ったことがない。なんでだろう。シンガポール人のCAさんたちは仲が良さそうで、何気ないやりとりも日本ではなかなか見れない気がして、ああ旅に出てよかったって思った。こういう世界が見たくて旅に出た気がした。

 

チャンギ国際空港 乗り継ぎ

シンガポールに来るのは3回目。早朝に着き、乗り継ぎのため指定されたゲートの前に行く。この空港は搭乗直前のゲート前でも手荷物検査を行う。が、どう考えてもその手荷物検査場が開く気配がない。でも他にも何人かいたのと、まだ3時間くらい時間があったので、特に気にせず椅子に座っていた。右隣の欧米系のおじさんも、左隣の欧米系夫婦も謎に数独をしていた。前の女の子たちが日本人だったので、気狂いな重さのトートを預けて手ぶらでトイレに行きたかったが、人見知りなので声をかけることができなかった。

 

仕方がないので荷物を持ってトイレに行きつつ散策しようと近くのエスカレーターを登ってみる。するとフードコートがあり、その奥にセブンイレブン、そしてバタフライガーデンがあった。セブンでグアバジュースを買い、バタフライガーデンに入った。バタフライガーデンはシンガポールの気候を再現しているので高温多湿で、8キロの巨大トートを抱えたニット帽にダウン、ブーツの私はバタフライどころではない。

前の人を急かしながら秒速で脱出。

するとゲート変更のアナウンスが入った。やはり。新ゲートへ行き、グアバジュースを飲み干し、手荷物検査を受ける。なぜかランダムのパスポート偽造チェック対象に選ばれ、虫眼鏡にしか見えないレンズでパスポートを覗かれた以外に事件もなく、搭乗を待った。このロンドン行きには日本人が結構いた。

 

ロンドンへ

シンガポールを定刻9時に離陸し、ロンドンまでなんと14時間20分。この長さは私の歴代のフライトの中でもトップクラス。ただエアバスA380型機という2階建て、世界最大の機種でかなり快適に過ごせる。(別に飛行機マニアとかじゃないけど、父親が好きでいちいちLINEを送ってくる。)しかも真ん中の4列シートの端っこ、お隣はいなくてそのお隣は日本人の女の子だった。彼女も1人だったので話しかけようかと思ったけど、そんな勇気もない。機内アナウンスは珍しく(?)英語だけで、すごくシンプル。

 

14時間は長かった。映画を何個か流し見。本も読んだ。18きっぷの旅で鍛えられているからか、何もしない時間を楽しんだ。目を瞑って考え事。この2週間後くらいに行くパナマで、友達にお土産あげたらどんな反応をしてくれるかな〜とか。このフライトの中で今まで着けていたマスクを外した。

2回目のチキン。チキンの左脇のやつ、米に見えるけど地味にパスタ。米型のパスタ。シンガポール航空の食事は美味しくて毎食完食。

とても快適だったが唯一の問題は干からびたこと。(え。)私が水を飲みまくる人間ということもあるかもしれないけど、14時間のフライトは2回の食事と2回くらい水が回ってくるだけ。私は喉が乾いて死にそうだった。(CAに頼めば良いけど機内はずっと消灯していてわざわざ呼び出す気が起きなかった…)(そういう性格)

 

ロンドンのヒースロー空港に着いたのは定刻通り15時20分。日本のパスポートなら電子化ゲートを通ることができる。コロナ系の水際対策もなく簡単に入国できた。以前フランスのパリから電車で来たことがあるので、ロンドン自体初めてではないが、ヒースロー空港は初めて。ここから私の旅が始まる。

 

なぜロンドンか。中学卒業間近に仲良くなり、同じ高校にすら通わなかったのに、今でも1番の親友と思える人がロンドンに留学しているので会いに行こうかなあと。予定のない春休み、いつでも行けるから最安値の日を選んだ。

 

彼女が空港まで迎えに来てくれた。大荷物を持ちメトロに乗り、途中からバス。9割くらい死んだ顔で彼女の寮に荷物を運び入れた。重かったのと遠かった以外の記憶はない。そして寮のキッチンでピザを焼き、頼まれていた日本からの物資を彼女に渡した。この寮には宿泊制限があるため、この日はここに泊まることができず、数日分の荷物を持ってバスに乗り地下鉄カムデン・タウン駅近くのホステルに泊まった。

 

ロンドンのホステル

ホステルに泊まる勇気のない私だが、お金がないので1泊2000円で9人部屋に泊まった。カムデン近くのホステルはここしかないと思われるため、ほぼレビューみたいなものだが…。

 

私が到着したのは夜10時頃だったと思うが、早くも皆さん就寝モード。2人の黒人ガールズが起きていたので「Hi」と挨拶を交わした。部屋には3段ベッドが3つと大きめのロッカーが9個、バスルームが1つある。私は3段ベッドの1番下と言われたので、自分のベッドに座ってシャワー室の順番を待ちをしていると、上から充電器が降って来た。「Perdon(ペルドン)」と謝られたのを自然に受け入れていたが、よくよく考え直すとスペイン語。上のベッドの2人はスペイン語圏の子達だった。

こんな感じでロッカーがある。シャワールームは控えめに言って清潔ではない。

静かにシャワーを浴び、上がったらすでに電気が消えていた。ドライヤーは迷惑だと思ったので髪は濡れたまますぐに寝た。ホステルって、勝手にコミュ力おばけの人たちが泊まる場所かと思っていたが、意外と他人に干渉することなく静かで就寝時間も早い。

 

でも、んー。もうホステルには泊まりたくないなあ、と思ってしまった。まあお金がないので多分また泊まるだろうが。これについては数日後のベルギー編の時に詳しく書きたい。

 

旅の経路

まだどこにも書いてなかったので、この旅の経路を書いておこう。

羽田→シンガポール→ロンドンブリュッセルアムステルダムブリュッセル→ロンドン→バルセロナマドリードパナマ→アルバ→キュラソー→アルバ→パナマ→ヒューストン→ダラス・フォートワース→ロサンゼルス→成田

(大文字は今回のブログで書いた部分)

 

 

何日かかるか分からないし、久しぶりのブログで書き方を若干忘れているが(笑)マイペースに書いていこうと思います。