Serenita

感情の消化。

【世界一周】#23 大好きな人たちに会いに行く旅 〜キュラソー編〜

今回の記事の大枠(大文字部分)

羽田→シンガポール→ロンドン→ブリュッセルアムステルダムブリュッセル→ロンドン→バルセロナマドリードパナマ→アルバ→キュラソー→アルバ→パナマ→ヒューストン→ダラス・フォートワース→ロサンゼルス→成田

 

キュラソー2日目。この日はキュラソー観光がメイン。のはずがママさんとの喧嘩がメインとなりました。

 

嵐の前の静けさ

テラスで朝ごはんを食べた。スーパーで買ってきたレーズンパンにチーズを挟み、しぼりたてのオレンジジュースを飲む。久しぶりにあのスパイス効きすぎココアから解放された。心地よい風を感じながら食べた朝ごはんは、思い出すだけで今でも私を幸せにさせてくれる。

テラス

パンを狙って黄色の鳥や黒い鳥など、見たことがない珍しそうな鳥が集まってくる。優雅すぎる…。ママさんが手の平でパンをあげようと必死だったのが面白かった。

可愛い…キンノジコという南米原産の鳥らしい。

極寒のプール

Wi-Fiが弱いおかげでママさんたちの長電話がなくなったため、ホテルに併設されているプールに行くことになった。

 

だがこの日からキュラソーは天気が良くなかった。朝から厚い灰色の雲に覆われ、プールは予測通り凍える寒さ。とてもじゃないけど泳げない。が、安定にママさんに引っ張られ、気付けばプールの中。小学生の時、水泳部か野球部という究極の選択しかできなかったど田舎の小学校で、私は水泳部に入り、極寒の6月に大雨の中練習させられたことを思い出す。あの時より全然マシだったが。

 

他にも白人の家族やおじさん方がいたが、誰もプールに入らない。だって寒いもん。

 

1時間ほど泳ぎ、部屋でシャワーを浴びた後、首都の方にレンタカーを走らせた。

 

キュラソー観光(のはず)

キュラソーはオランダ領なので、道の構造がヨーロッパに似ており、環状交差点(Roundabout)が多い。パナマには環状交差点がない(多分)ので、抜け方が分からずぐるぐるしたり(笑)(日本には140ヶ所ほどあるらしい。)そんなこんなで首都についたらお昼だった。車を止めてお土産屋さんや、マーケットが並ぶ大きな建物に入った。ここでもママさんとドーナおばさんは非常に長い時間をかけてお土産を選んでいた。私は手持ちの現金がゼロなので何も買わなかったが、今後悔するなら、キュラソーのマグネットを買わなかったことかもしれない。もう一生行かないかもしれないのに。

お土産屋さん

マーケット。緑のバナナをたくさん売っている。

カラフルで情報量がえぐい。

そしておひるご飯を食べに、大衆食堂に入った。大衆食堂に入った理由は、いつも通り陽ky(略)のママさんが、その辺のおじさんに声をかけたらオススメ(というか案内)された場所だった。しかもこのおじさんはキュラソー生まれキュラソー育ちだが、コロンビアで生活をしていたらしい。しかし離婚後お金がなく、キュラソーに戻ってきたという。キュラソー人、他国に移住しがちな件。

 

大衆食堂は、例えるならローカル版のフードコート?だろうか…。色々なお店が入っているが、グローバルなチェーン店はなく、すべて個人経営のお店だった。天井にファンがついていたが、かなり湿度が高い中、大衆食堂の居心地があまり良くなかったことが私のイライラポイントだった。

大衆食堂

注)ここから私とママさんのガチ喧嘩が勃発する。

 

席にテキトーに座ると、その席担当のお店の人がオーダーを取りにくるシステムで、この店員のおばさんがかなり私をイラつかせた。私は無難にレモネードとフィッシュ&チャーハンを選択したのだが、ママさんが「チャーハンじゃなくて新しいものに挑戦しなさいよ」と言ってきて、それに便乗する店員。「チャーハンなんて、あなたの国に帰ってからいくらでも食べられるじゃない。」と言われた。

 

違う。ラテンアメリカのチャーハンは日本のものとは全然違って、「醤油焼きごはん」という感じで、私はそれはそれで好きだった。それが食べたかっただけ。

 

なのにママさんはカリブ地域で食べられている「Tutu(トゥトゥ)」という主食をゴリ押ししてくる。しかしこれがトウモロコシの粉でできており、私は絶対苦手だと確信した。だが、ママさんと店員がうるさいため、「じゃあトゥトゥにするよ(怒)」と言った。すると「そんなに嫌ならチャーハンで良いよ。」と言い始めたが、私は「トゥトゥでいい!!!」とガチギレ。

 

その上、レモネードを頼むも、レモネードは生憎切らしていると言われ、生姜ジュースかタマリンドジュースしか選択肢がなかった。これは私にとったら究極の選択。生姜は別に嫌いではないのだが、ラテンアメリカでは生の生姜と水をミキサーにかけただけのジンジャージュースがよくあり、これが私はかーなーり苦手。(別に美味しくないから。)一方タマリンドは日本ではあまり見たことがなかったが、パナマについて初日に「暑い暑い」言いまくっていたら、近所のおばさんが作ったというタマリンドジュースを凍らせたものが出てきた。これが美味しくなかったので、そっちは頼むものかと、消去法でジンジャーになったが、今思えば無難に水を頼めばよかった…。

 

しかもイライラしたのは、後から座った隣の人たちにはレモネードが運ばれていたからだ。あんじゃん。(怒)

 

そして問題の品、トゥトゥが運ばれてくるやいなやママさんが「え、この子チャーハンにしたのよ?」と店員に言い始める。「え???結局トゥトゥってなったじゃん。」と反論すると、店員のおばさんが「ちゃんとしてもらわないと、私が間違えたって上司に怒られるの。トゥトゥでいいのよね!!!」とキレ始める。「そう。」と頷き、皿をもらったが、私の怒りは収まらない。

 

なんで私が怒られなきゃいけないの?私はチャーハンが良くて、それなのにあなたたちに邪魔され、トゥトゥで良いって言ったのに、なんでここでまたそれをぶり返すのこの人?最低!!!!(心の中。)

 

ムカつきすぎて無言で食べたが、トゥトゥはやっぱり無理だった。イライラしていたせいで余計不味かった。巨大なトゥトゥを10口くらい食べて残した。お口直しのはずの飲み物もジンジャージュース。息を止めて飲んだが、生姜なので喉がスースーする上に、暑くなってくるので飲むのをやめた。私が何をしたというのだろう。付け合わせの魚とサラダだけは全部食べた。

 

こういう時に泣きたいくらい孤独を感じる。ラテンアメリカの人、というかママさんというか、彼らは些細なことなのに直接的で、言い方がきつい時がある。私はラテンアメリカが大好きで、ラテンアメリカの人も大好きだから、心を通わせたいといつも思っている。文化を理解しようとしているつもりだし、食べ物だって色々挑戦してきた。でもたまに些細なことで突然突き放されるように感じることもあって、好きな人に裏切られたみたいで、ただ辛くて悲しい。

この黄色いものがトゥトゥ。多分この喧嘩の1番の被害者はドーナおばさん(笑)必死に私のことをなぐさめようとしてくれた。

トゥトゥ

※私を苦しめたトゥトゥとは…

キュラソーは黒人奴隷が多く連れてこられた場所のため、アフリカの料理を基礎としている。トウモロコシの粉をお湯で練ったものを「Funchi フンチ(現地の発音的には「フンチー」)(💩)」と言い、ほぼ同じものだがこれに黒目豆が入ったものをトゥトゥと呼ぶ。フンチはドーナおばさんが頼んでいたが、見た目はそっくりで同じような味がした。

 

私はトウモロコシは好きだし、トルティーヤも好きだが、それ以外のトウモロコシの粉を使った系の料理が結構苦手だと自覚している。コロンビアに行った際、アレパというトウモロコシの粉をお湯で練り、フライパンで焼いたものを食べ、「うーーーん。」となった記憶がある。(多分前のブログを読んでくれている方はわかる。)しかもその後自宅でもアレパを作り、やっぱり微妙だったと記憶している。

 

トゥトゥやフンチはお湯で練った生地を蒸している(?)ため、蒸しパンのような食感で、チーズと共に食べるアレパとは違い、味がない。その上蒸された勢いで巨大化するのか知らないが、すごい大きさでお腹にたまる。

 

トウモロコシの粉ってそんなに不味い??と半信半疑の方は是非作って欲しい。トウモロコシの粉は日本ではレアキャラだが、紀伊国屋などおしゃれめな輸入食品店にある。(カルディーにはない。)ただお湯で練ってひとつまみくらい塩を入れて蒸すか、アレパなら平たくしてフライパンで焼くだけ☆

 

フンチのレシピはこちら↓

wanderlustandlipstick.com

 

キュラソー

実はこの喧嘩が勃発している中、陽ky(略)のママさんは食堂の目の前の席に座っていた女性と友達になっていた。(もちろん)

 

彼女はキュラソー生まれキュラソー育ちだが、今はオランダで生活をしており、バケーションを利用して「帰省」していた。まさに私たちのホテルの部屋のお隣さんと全く同じ状況。キュラソーには仕事がないから、休暇に遊びに来るくらいがちょうど良いの。」と言っていた。キュラソー料理が恋しかったらしく、食堂でトゥトゥを食べながら「幸せ」と。

 

ママさんはフンチを相当気に入り、その女性にフンチのレシピを教えて欲しいと頼み込んでいた。ラテンアメリカの人にとってトウモロコシの粉の料理は、小麦粉を使う料理よりも馴染みが深いのかもしれない。

 

にしてもキュラソー人は他国で生活しがち。特にオランダ領ということを利用できるため、他のラテンアメリカ人よりも簡単に先進国での生活を手にすることができる。キュラソーとオランダは直行便があるため、行き来もしやすい。もしかしたら私が数週間前にオランダに行った時、キュラソーで生まれた人とすれ違っていたかもしれない。世界は広いようで狭いような。いずれにしろ「カリブ海の楽園」と呼ばれる島のダークサイドを知ってしまった。(この話はまたそのうち書く。)

 

この後も観光をしたので次回に続く…

 

何橋って名前だったけ。